こころの電話

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5月1日〜残された人のためにあるのかも…

 風薫る季節です。

 さて、先日テレビでシンガーソングライターの有坂愛海さんが、亡くなったファンのために行った追悼ライブの模様が放送されていました。

 有坂さんは、テレビに頻繁に出演するような歌手ではなく、熱烈なファンに支えられて地道に歌手活動を行っている若い女性で、この度、追悼されたのは、十年間、彼女のすべてのライブに来場し、ファンとして支えた五十五歳の「おっきゃん」とファン仲間から呼ばれた男性です。

 この男性には家族がなく、昨年、自宅で一人で息を引き取りました。

 彼がしばらく姿を見せなくなったことに不安を感じた有坂さんは、本名を頼りに自宅を突き止め訪ねた時に初めて、近所の住人から「おっきゃん」が亡くなったことを知らされ、葬式が行わなれなかったことを知った彼女は、「みんなで集まって故人の思い出話を話す日がないと、寂しすぎる」とお別れ会を行いました。

 有坂さんは、ネットで思いを綴ります。「来年はいないなんて全く思わなかった。去年はいたのに今年はいないお花見」、「おっきゃんは有坂現場に不可欠な人だったのに」、「追悼ライブなんだし、フロアにいるわけない…でも探しちゃう」、「いるかもしれないけどもう会えない、触れられない、話せない。だって、それが『死』なんだ」。

 そして彼女はこう言います。「お葬式とかお別れの会って、残された人のためかもしれないです。特定の宗教に思い入れがないけど、お坊さんがお経をあげて、お焼香してお花をそえて、サヨナラをして、近しい人が煙になったのを見て、『こんな人だったね』と楽しかった話なんかをみんなでご飯を食べながら話して…。折にお墓に会いに行ったりして。それって気持ちの区切りのために必要な事だ」と…。

 若い一人のシンガーに、人間がお葬儀を勤める大切さを、あらためて教えられたような気がします。

固定リンク | 2018年05月01日【308】

4月16日〜自分の顔で自分のものでない

 春風がそよぎ、心地よい季節となりました。

 さて、梅や桜の花は既に散ってしまいましたが、続いて椿やしゃらの木が美しい花を咲かせています。

 多くのお宅の庭で赤や白、黄や紫など色とりどりの美しい花がいっせいに咲いていますが、春の日差しを浴びてただただ精いっぱいいのちの花を咲かすその姿に、私たち人間は心が癒やされ和むことです。

 思えば、私たちの顔も同様のことが言えます。自分の顔でありながら、自分のものでない。自分の周囲のためにあるのかもしれません。

 私たちは普段、自分の顔の表情を意識することはあまりありません。にもかかわらずその時時の心の状況によって微笑んだり、澄ましたり、無愛想で不機嫌だったり、不安そうな顔をしたり表情は様々ですが、その顔は、自分の顔でありながら、周囲の人のために見せているのです。ですから、自分の顔は自分のものであって、自分のものではないのです。

 周囲の方々に見ていただく顔ならば、感情の赴くままに表情を変えず、少しは意識してやさしく穏やかな顔で接したいものです。春の日差しに輝く花々のように人さまの心を和ませたいものです。

 「思い内にあれば 色外に現る」…心の中で思っていることは、自ずから表情や言動によって外に現れてしまうものです。

 いくらお化粧が上手で表面を整えても、人は自分の意に沿わないことが起こると、本性がすぐさま表に表れてしまいます。

 きっと、精いっぱいいのちの花を咲かす花たちは、目には見えない根っこで、素晴らしい栄養を十分に頂いているのでしょう。

 私たち人間も、美しい花たちに習って、仏さまから心に栄養を頂きましょう。
 そして、周囲の方々に、幸せの溢れるような笑顔を届けましょう。

固定リンク | 2018年04月20日【307】

4月1日〜お浄土への入学者も家族も…

 桜の開花が早く、竹の子の発育が遅い、今年の春です。

 さて、先月は幼稚園やこども園で卒園式が行われ、大きく成長した子どもたちを皆でお祝いし、また保護者の方々は口々に先生方へお礼を言われ、感動と涙にあふれる卒園式となりました。

 思えば、私たちは卒園や卒業、入学や入社の繰り返しで一生を送るわけですが、その人生の最後の卒業式が、お葬式と言えるでしょう。

 ですから卒園式で保護者が、お世話になった先生方をはじめ多くの方々に、お陰さまでと謝意を述べると同様に、お葬式でも、故人がご縁をいただいたことにご遺族が謝意を伝えることは大切なことであり、お葬式は人生の卒業式として意義ある大切な儀式です。

 一方、卒業式が終わると入学式ですが、その人生最後の入学式が、お浄土への入学式で、浄土真宗の特徴は、人生の卒業であるお葬式と入学式が、間を空けることなく同時ということです。

 なぜならば、浄土真宗では、お浄土の入学に向けての準備が何もいらないからです。

 学校への入学の場合、親は制服を用意したり、ランドセルや勉強机や文具など、あれこれ準備をする期間が必要です。しかし、お浄土へ入学するための準備は、阿弥陀さまがすべて成就して、完璧に整えてくださっていますので何の心配もいりません。したがって卒業と入学が同時なのです。

 ですから、後に残る家族が、あれこれ入学の心配をする必要はないのですが、ただ一つだけ大切にしてほしいことがあります。それは南無阿弥陀仏のお念仏をお称えしてお参りをすることです。

 阿弥陀武如来という仏さまは、言わばお浄土の理事長であり校長です。そのお浄土の最高責任者が、「南無阿弥陀仏を称えよ、必ず救う」と勧められるのです。

 ならば、お浄土への入学者もその家族も、その教えをしっかりと聞くことは当然のことです。

固定リンク | 2018年04月20日【306】

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