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2月16日〜めんどっちいとか、億劫とか…。

 新型コロナウイルス感染拡大が止まりません。まん延防止措置も延長になりそうです。

 さて、年々年を重ねると、若い世代の人に対して「最近の若いもんは…」といいたくなる時があります。

 例えば、わが家の娘に対して、ちょつとした頼み事をするたびに返ってくる言葉が「めんどっちい」です。「めんどっちい」とは「面倒臭い」の最近の言い方で、その「めんどっちい」が何回も繰り返されると、「ホントに最近の若いもんは…」と愚痴を言いたくなります。

 この「めんどっちい」「面倒臭い」と似た言葉に「億劫」がありますが、この言葉が仏教から来た言葉ということご存じでしょうか。

 億劫は元来、「とてつもなく長い時間」を表しました。

 二つの長さの表現があります。一つは、四方の長さ、上下の高さが一六〇キロメートルというとてつもなく大きな鉄の箱に芥子の実を満たして、一〇〇年に一度、一粒ずつ取り出して、その芥子の実がすべてなくなってしまう時間が一劫だそうです。

 もう一つは、一辺が一六〇キロメートルというとてつもなく大きな岩石があって、百年に一度天女が空から舞い降りてきて、白い衣でその岩山を撫でて、その岩石が摩耗してすべてなくなってしまう時間の長さが一劫だそうです。

 いかがでしょう。あなたはそのような時間の長さを想像できるでしょうか。その一劫を億倍したのが億劫(おっこう)という長さになり、それがなまって億劫(おっくう)となり、気が遠くなりそうなあまりにも長い時間から、なかなか気が進まないことを億劫というようになりました。

 たいした長い時間もかかるわけではないのに、「めんどっちい」とか「億劫」とか返す娘に、まことに億劫な思いをしている日々であります。

固定リンク | 2022年02月17日【398】

2月1日〜怠ることなく励む

 新型コロナウイルスの再びの感染拡大が、飲食や観光業を始め、医療、福祉、教育など、様々なお仕事に影響を与えています。

 さて、一月二十三日、兵庫県の西福寺ご住職で、浄土真宗本願寺派の総長をはじめ、多くの役職をお勤めになり、西本願寺の宗門のみならず、社会的にも広く功績を残された豊原大成先生がお亡くなりになりました。

 私自身もお仕事を通してご縁をいただき、大変お世話になりましたので、通夜・葬儀の前となりましたが、お参りに行かせていただきました。

 お棺の中でお休みになった先生とお会いし、仏前でお勤めをさせていただきましたが、その後、お葬儀の準備で慌ただしい中に、跡継ぎのご住職が応対をしてくださいました。

 そして、懐からスマートフォンを出して映像を見せてくださいました。そこには、先生がベッドに横たわりながら「お正信偈」をお勤めされる姿が映っていました。お亡くなりになる十日前の映像です。一つ一つのご文を、声の出る限り精いっぱい唱えられるお姿に、まことに頭の下がる思いでありました。

 思い返せばお釈迦さまもそうでありました。八十歳になってから、最後の伝道の旅に出られました。年老いた身体を引きずり、古里の北に向かってガンジス河を越え、行く先々で教えを請う人々に最後の説法をしながらの旅です。

 豊原先生は、京都大学大学院を修了後、インドのベナレスヒンドゥー大学に留学のご経験もあり、お釈迦さまのご事績を現地で研究された方ですので、たとえ老いた身であっても、たとえ病の中にありながらも、コツコツと怠ることなく努め励まれたお釈迦さまのお姿を範とされていたのでありましょう。

 「怠ることなく励む」

 先生との今生でのお別れに際し、そのお姿を通してまた大きな教えをいただきました。

 お葬儀の表白には、「日夜に称名念仏怠ることなく、もってまことの人生の完成に、一歩一歩歩みをすすめんと欲す」とありました。

固定リンク | 2022年02月01日【397】

1月16日〜常日頃からコツコツと…

 新しい年が明けてはや半月、再びコロナ感染注意のスタートです。

 お釈迦様のお話です。ある日、お釈迦様がお弟子たちに向かって問いました。 「世の中には、悪いことをした報いで死後に地獄に堕ちる人もいるが、同じ悪いことをしながら地獄に堕ちない人もいる。なぜだろうか」

 問いかけられたたくさんのお弟子たちはあれこれ答えを考えますが、なかなかわかりません。

 そこで、お釈迦さまがヒントを出されます。

 「ここに手のひらいっぱいの塩があるが、これを茶碗の水に入れて混ぜるとどうなるだろう」

 「それは塩水になります。きっと塩辛い水になるでしょう」お弟子たちは答えました。

 「では、この手のひらいっぱいの塩をガンジス川に投げ込むとどうなるだろう」 「あの大きなガンジス川であれば、あっという間に溶けて何も変わることはないと思います」。お弟子たちは答えました。

 「これがヒントだ。わかるだろうか」

 「そうか、お釈迦様、わかりました」お弟子の一人が手を挙げました。

 「きっと常日頃から善い行いをしている人は、悪い行為は許されませんが、犯してしまった少しの悪い行為では地獄に堕ちないのでありましょう。しかし、常日頃から善い行いに努めようとしない小さな茶碗のような人は、少しの悪い行為でもその罪が際だって地獄に堕ちてしまうのではないでしょうか」

 「その通りだ、よくわかりましたね」お釈迦さまは大きく頷き、そのお弟子を褒めたそうです。

 このお話は、常日頃から仏さまの教えをよく聞いて、善い行為をコツコツと重ねていくことの大切さを教えています。

 コロナ禍で皆、我慢の日が続きます。周囲への思いやりと柔らかな心を忘れることなく日々を過ごしましょう。                     
                                     (参考・仏教法話大辞典)

固定リンク | 2022年01月16日【396】

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