こころの電話

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1月16日〜清濁併せ呑む心の広さは…

 インフルエンザが流行し始めています。手洗い、うがいをこまめにしましょう。

 さて、アメリカのトランプさんの大統領就任式が今月二十日に行われます。

 大統領戦の時から、大国アメリカのトップを決める選挙としてはお粗末すぎるといたるところで言われてきましたが、就任前から一方的に自分の考えを押しつけて、自らへの批判には耳を貸そうとせず、繰り返される粗野な発言は、三億以上の国民を取りまとめ、多くの国々と渡り合うアメリカのリーダーとして、本当に大丈夫なのかと多くの人が心配するところです。

 もう少し清濁併せ呑む、懐の深い大統領の姿を見せてほしいと思うのは私だけでしょうか。   

 清濁併せ呑むとは、善いことも悪いことも、善人でも悪人でも、賢者も愚者も、来る者はすべて受け入れる度量の大きさを表す言葉です。

 清らかな川も濁った川も海に流れ入れば、大海原は隔てなく受け入れることから、心の広い人のこと譬えています。

 しかし、常々欲が多く、怒りや腹立ち、嫉みやねたみの心を持つ私たちが、その清濁併せ呑む心の広さを持つことは容易なことではありません。

 それは、人間そのものが持つ本性を自ら厳しく見つめることなくしては得られないものでありましょう。

 「共に是れ凡夫ならくのみ」とは聖徳太子の言葉で、人はだれもが不完全で、未完成な生き物であり、だからこそ学ぶことの大切さを勧められます。

 グローバル化によって生じた国内外の多くの歪みをいっぺんに修正することは至難の業でしょう。しかしながら、多くの国民の声、世界の声に真摯に耳を傾けて、話し合いを大切にして、互いに学び合う姿勢を見せてほしいと思います。

 清濁併せ呑む心の広さは、常に学ぶことを忘れず、人間の本性を自ら厳しく見つめる心の中に育つものでありましょう。

固定リンク | 2017年01月15日【277】

2017年1月1日〜最後の到達点見つめて…

 明けましておめでとうございます。本年も「覺照寺こころの電話」をよろしくお願い申し上げます。

 さて、二〇一七年(平成二十九年)の幕開け。一人ひとり、また新たな一年が始まりました。

 今年一年の計画はお立てになったでしょうか。すでに新たな年のスタートは切られたわけですから、もうその計画はできていなければなりません。

 しかし、計画はおろか、その思いさえもまとまっていない人は毎日、目の前の用事に追われて、慌ただしくあっという間に年末、そして年越しとなってしまったからでありましょう。

 一年は短い単位かもしれませんが、しかしその繰り返しと積み重ねがその人生です。つまりその短い一年を、確かな計画を持たずに、それを繰り返しながら過ごす人生は、慌ただしく不安定なものとなりかねません。

 また、ただ今の計画がしっかりと立てられないのは、最後の到達点をしっかりと見つめていないからかもしれません。自らの最終地点、行き着く所がしっかりと念頭に置けるならば、それに向かう確かな計画は立てられるはずです。

 浄土真宗に「後生の一大事」という言葉があります。

 「後生」とは後の生と書いて、いのち終えてからのこと。「一大事」は最も大切なこと。つまり「この人生が終わってからのこと、いのちの帰すべき所が、あなたは明らかになっていますか」との問いかけです。

 人生には必ず終わりが来ます。しかもいついかなる時、どのような形で終わるかもわからないことは、これまで社会や周囲の縁ある方々がその身をもって教えてくださっています。

 私がいのちを終えるときに、本当に安心して参ることのできる世界があるならば、今の人生が、確かな計画のある安心した意義ある人生となることでしょう。

 世のなかに、大事大事は多けれど、この大事にまさる大事は無し

 新年にあたり、今の今、一人ひとりが心得たい大事なことであります。

固定リンク | 2017年01月01日【276】

12月16日〜自分にとっても相手にとっても…

 早いもので今年もあと半月となりました。

 さて、お寺の幼稚園では、来年の学習発表会に向けて合奏や合唱、お遊戯や劇などの練習が始まりました。

 年中児さんのクラスでは、劇の「桃太郎」の練習が始まりました。

 桃から生まれた桃太郎が、常々村人に悪さをする鬼を退治するために、犬、猿、キジにきびだんごをあげて加勢をもらって、見事鬼退治を果たし宝物を持ち帰るというおなじみのお話です。

 園児たちが、事前にその話をよく理解するために皆で会話をしていると、ある園児が、「鬼が鉄の棒や武器を持って村人に悪さをすると、村の人たちは怪我をして、痛い思いをしたり、苦しい思いをする」と意見を述べ、周囲の園児たちもその意見に同意したそうです。

 そして会話が終盤の鬼退治の場面に来ると、園児たちから、「桃太郎たちが刀や武器を持って鬼退治にいくと、きっと鬼たちも村人たちと同じように、怪我をして痛い思いをしたり、苦しい思いをする」という意見が出たそうです。

 その意見に対して、幼稚園の先生が「じゃあ、桃太郎たちはどうしたらいいと思う」と尋ねると、「刀を捨てて勇気を出して、話し合いにいけばいい。そして鬼たちと一緒に楽しく仲良く遊ぶように誘おう」と意見がまとまったそうです。

 なんと素晴らしい子どもたちと先生でしょうか。

 昔ばなしは、正義とか、無欲とか、約束の大切さなどを物語を通じて教えるものですが、子どもたちは一方的な押しつけの正義ではなく、自分を村人に写し、逆に鬼にも自分を写して、自分にも相手にとっても、本当に大切なものは何かを見だしています。

これぞまことのめでたし、めでたしです。来年の学習発表会が楽しみです。

固定リンク | 2016年12月15日【275】

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