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12月1日〜あなたの歳は、いまいくつ?

 師走の穏やかな晴天を「師走日和」といいますが、願わくはそのような日が続いてほしいと思います。

 さて先日、お寺にお参りに来られたおばあちゃんが私に向かって、「最近本当に日が経つのが早くなりました。ご院家さんもそうですか」と聞かれました。

 最近、私もそう思うようになりましたので、「ホントですね。日が経つのが早いですよね」と応えました。  

 年をとればとるほど、月日が経つのが早く感じるというのは、まんざら嘘でもないようで、フランスのジャネーという哲学者は、例えば、五歳の子どもにとって、一年の長さは人生の五分の一ほどに感じますが、五十歳の人には一年の長さは人生の五十分の一に感じると唱えています。したがって、五十歳の人の十年間は、五歳の子どもの一年間に当たることになります。

 これは、人間は若ければ若いほど、すべてのことに未経験で、見るもの聞くもの触るもの、すべてに新たな経験と感動があります。よって時間がゆっくりと流れていきます。

 逆に高齢になればなるほどすべてが経験済みで、新たな経験をすることもなく、感動することもなく、生活にもそれほど変化はなく、よってあっという間に時が過ぎていくということです。

 あなたの歳は、今おいくつでしょうか。令和元年も早十二月、時が経つのが早く感じられませんか。そうしている間に、皆ジャーネーとお別れをしていかねばなりません。

 問題なのは、その私のお別れがいつくるのか、どこでなのか。そして順番もなければ、代わることもできないということです。

 一日一日を大切に生きるには、どうしたらよいでしょうか。

 限りある命を、尊く生きるには、どうしたらよいのでしょうか。

 そして、私のいのちはどこに向かって生きているのでしょうか。

 年末のひと月を過ごす中で、それらのことを考えながら過ごすことも大切ことではないでしょうか。

固定リンク | 2019年12月01日【347】

11月16日〜「おもてなしの」心とは…

 十一月も半ば、鹿児島もいよいよ寒冷を覚える時期です。

 さて先日、鹿児島の伊佐市のお寺に永代経法要の布教で出向きました。

 私のつたない法話を熱心にお聴聞くださるたくさんの門徒方に支えられて、お仕事を勤めさせていただき、誠に有り難いことでした。

 また、布教が終わった後は、そのお寺のご住職が私を、伊佐市の観光へ案内くださいました。晩秋の風情漂う曽木の滝では、「ご講師さん、ちょっとそこへ立って」と、至る所で自前のカメラで私を撮ってくださいました。

 夕食の時は、予約くださっていたいたお店でご馳走してくださり、近隣のお寺のご住職も招かれて、楽しく有意義なひとときを過ごさせていただきました。

 私が帰る車の中には、いつの間にか、伊佐市名産の新米やお菓子が乗せてあり、ご門徒皆でお見送りいただきました。

 お仕事で参りながら、逆に大変なおもてなしを受けたわけですが、頂いた品物以上に、そのお寺のご住職をはじめご門徒の方々の人をもてなす気持ちが伝わってきて、大変有り難く思いました。

 「おもてなし」とは、人をもてなすという動詞の丁寧語からきた言葉ですが、「ものを持って成し遂げる」という人に対する接遇のことをいいます。

 この場合の「もの」とは目に見える物質的なものと、目には見えないはたらきとの二つがあります。

 また、漢字で表と裏、「表裏無し」と書いて「おもてなし」、つまり表裏のない心で人と接するという意味もあるそうです。

 仏教でいえば、「布施の心」と言えるでしょう。「布施」とは、自らの計らいを捨てて、ただひとえに相手のこと思ってさせていただく施しのことです。

 「おもてなし」でも、仏教でいう「布施」でも、共通するのは、「表裏のない心」「自らのはからいのない心」で、相手のために精いっぱいさせていただくことが大切なことです。

 伊佐市のお寺のご住職のお姿に、そのことを学ばせていただきました。

固定リンク | 2019年11月29日【346】

11月1日〜再び繁栄と平和の象徴を…

 晩秋の夜、か細く聞こえる季節外れの虫の声を「忘れ音」と言います。心に染み入る声です。

 さて、十月三十一日の未明、沖縄のシンボルである首里城が火災に遭い主要な建物が全焼するという残念な出来事が発生しました。

 テレビで、焼け落ちた城跡を呆然と見上げて、「ウチナーの心が消えてしまった」と涙を流すご老人の姿を拝見し、なんとも寂しい思いでありました。

 私自身も以前、お仕事で年に数回沖縄には出向き、また覺照寺の本堂修復の折の木材は、この度火災に遭った首里城再建の木材と、同じ台湾の業者から求めた物でしたので、誠に残念でなりません。

 あらためて、現在沖縄県立博物館に保管されている、元来、首里城正殿にかけられたと伝えられる「万国(ばんこく)律(しん)梁(りよう)の鐘」の銘文を思い起こします。   

 それは、「琉球国は南の海のすばらしいところにあり、中国と日本の間にある最上理想の島で、船で多くの国の架け橋となって貿易を行い、宝物が国中に満ちている」と、広く海外へ発展し繁栄する当時の琉球を表す有名な文ですが、その訳があとの箇所に記されていることを、以前沖縄を訪れたときに知りました。

 その内容は、当時の首里城の王様である尚(しよう)泰久(たいきゆう)王は、仏さまの教えを信仰し、その仏さまの恵みに報いるために正殿前にこの鐘をかけた。尚泰久王は仏さまの教えによって民衆を救い、平和な世の中の構築に力を注いだということが書かれているということです。

 当時の沖縄の繁栄と平和は、尚泰久王が仏さまの教えを信仰し、仏さまの教えを礎として築かれた。つまり首里城は琉球国の仏法興隆の象徴でもあったのです。

 この度、首里城が火災で失われたことは誠に残念なことでありますが、今この時に、あらためて琉球の歴史を顧みたいと思います。

 そして再び、繁栄と平和の象徴である首里城の再建されますことを、心から願います。

固定リンク | 2019年11月01日【345】

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