こころの電話

最近の記事

2月1日〜20歳になったとき再び…

 寒風に吹かれる度に、あたたかな春への思いがつのります。

 さて、1月の末、お寺で第一回の半成人式を行いました。

 今年十歳を迎える子どもたち二十人が保護者と一緒にお参りしてくれました。 受式者一人ひとりが阿弥陀さまに感謝の灯をお供えし、皆でお祝いのご法要を勤めましたが、その場で私は二つの詩を紹介しました。

 一つは、「みんながいたから、笑っていられたんです。みんながいたから、強くなれたんです」。

 子どもたちはこの世に生を受けて十年。嬉しい時、楽しい時は大いに笑ったり、逆に悲しい時、辛い時には泣いたり、それぞれに様々なことがあったことでしょう。

 しかしそれも、近くに一緒に喜んでくれる人がいたからこそ笑って過ごすことができました。近くに一緒に寄り添ってくれる人がいたからこそ、泣くことがあっても再び立ち上がることができました。

 子どもたちも私たち大人も、あらためて人は人は一人では生きて行くことができないことを確かめ合いました。

 もう一つは、「あなたの目の前に大きな壁があるならば、それは大きな扉かもしれない」。

 だれしも長い人生の中で、行き詰まりを感じたり、大きな困難を抱えることがあります。

 しかし、その厚くて大きな壁に一人で立ち向かう努力も必要でしょうが、その壁を一緒に押してくれる人がいたら、乗り越える方法を一緒に考えてくれる人がいたならば、それは未来に向かう大きな扉になることでしょう。

 一人ひとりが、そのような友人を持てたなら、あるいはそのような友人になれたなら、それはとてもすばらしいことです。

 阿弥陀さまにお参りを終えた子どもたちは、二十歳になった時に、また再びお寺で再会することを誓い合いました。

固定リンク | 2019年02月01日【328】

1月16日〜そうせずにはおれない気持ち

 厳冬の夜空は澄み切って、満天の星に寒さも忘れてしまいます。

 さて毎日、早朝からNHKのラジオを聞いていると、全国のリスナーからたくさんのお便りが寄せられます。

 早朝という時間帯からか、中年から高齢者のものが多く、楽しい便り、嬉しい便りもありますが、悩みや苦しみを伝えるものも多くあります。

 自分自身の病に苦しむ方、伴侶に先立たれた孤独に悩む方、高齢の親の介護に苦しむ方、仕事場の人間関係に悩む方、子育てに悩む方など、ラジオを聞いていると、多くの方々が様々な悩みや苦しみを抱えながら生活されていることが窺えます。

 また、このラジオを聞いていてすばらしいなと感じるのは、寄せられるそれぞれの悩みや苦しみに対して、過去に同じような辛い経験をした方、苦労をした方、多くの涙を流した方から、その悩み苦しみに共感し励ますお便りが届くことです。

 ラジオを通してとはいえども、会ったことも話したこともないどこかの誰かに便りを出したり、励ましたりすることは、そうできることではありません。きっとその人には、そうせずにはおれない気持ちが働いているのでありましょう。

 またラジオを聞いていると、その人の以前の経験からの、様々なアドバイスも参考になっているようですが、どちらかというと、似たような辛い経験をした人、同じような悩みをかかえた人が、親身に寄り添ってくれることが相手の安らぎにつながり、あるいは勇気を与えることにつながっているようです。  

 浄土真宗の仏さま・阿弥陀如来は慈悲の仏さまとも言われます。慈悲とは、すべての人びとに対し、わけへだてなく苦しみを抜き、まことの楽を与えたいという仏さまの心のことです。しかしそのためには、まず悩み苦しむ人の心に親身に寄り添うことが何よりも大切でありましょう。

 ささやかでも、身近なところで、その心に学ぶ姿勢を大切にしたいものです。

固定リンク | 2019年01月16日【327】

1月1日〜一喜一憂し流されるのではなく

 明けましておめでとうございます。今年も覺照寺『心の電話』をよろしくお願いいたします。

 さて、昨年をふり返ると、アメリカのトランプ大統領と金正恩北朝鮮労働党委員長の歴史的首脳会談、米中の貿易摩擦、アメリカのイラン核合意を離脱など、国際的にはトランプ政権がらみの話題が多く、国内においては西日本豪雨、北海道地震などの災害。森友問題での公文書改ざん。アメフト、レスリング、柔道、体操などスポーツ界のパワハラ問題がありました。

 昨今、ツイッターなどが情報発信の主流となり、超大国の言動・行動に世界中が翻弄される時代で、それだけに私たちは一つ一つの情報に一喜一憂しそれに流されるのではなく、常に広い視野を持ちながら、五十年、百年単位で物事を考える深い視座を持ちたいものです。

 お釈迦さまは、人々の心から仏さまの教えが薄らいでいくと、人々と世の中が五つの濁りに染まっていくことを示されました。

 一つには「劫濁」といい、テロや戦争の続発など、時代そのものが汚れることです。

 二つには「見濁」といい、人びとが自己中心的で邪悪で汚れた考え方に染まってしまうことです。

 三つには「煩悩濁」といい、世の中が欲望や憎しみの心に支配され、悪徳が横行することです。

 四つには「衆生濁」といい、人々が心身ともに、資質が衰えた状態になることです。

 五つには「命濁」といい、自他ともに生命が軽んじられ、一つ一つのいのちが粗末に踏みにじられることです。

 何とも毎年毎年、お釈迦さまが示された悪しき世界が迫り来る思いがいたします。

 親鸞さまは、このような時代に生きる私たちは、阿弥陀仏の本願を依り処にして生きるほかはないと諭されておられます。それは阿弥陀仏をおいて、限りなき智慧の光と慈悲のいのちをもった真実の仏さまはおられないからです。

 今年も南無阿弥陀仏のみ教えをいただきつつ日暮らしをさせていただきましょう。

固定リンク | 2019年01月16日【326】

[1]    «    2  |  3  |  4  |  5  |  6  |  7  |  8    »    [113]

- 管理用 -

最近の記事

月別記事