こころの電話

最近の記事

2月1日〜お骨を見るたびに…

 インフルエンザが流行っています。予防に努めましょう。

 さて先日、お母様を亡くされたご門徒宅に納骨の法事に出向いた時、お嬢さんが私に、「本当に母は往ってしまったのですね。今日まで毎日、お骨の箱を見るたびに、しみじみとそのことを感じました」とおっしゃいました。

 遺骨とは命あるものの最後の姿であり、その姿を通して、人は必ず死なねばならないこと。そして愛する人、頼りとしている人と、いつぞやかは悲しい別れをしなければならないことを、後の残る人々に伝える大切な存在であることを、あらためて知らされました。

 一方、先般テレビで、遺骨を灰にして海や山に蒔く、いわゆる散骨に関するニュースが流れていました。

 自然を心から愛される人もおられましょうが、どちらかというとお墓を求めにくい都会に多く、自分が亡くなった後のお世話をしてくださる人がいないなど、様々な事情や思いが、このような傾向を生んでいるのでありましょう。

 お骨をどうするかという問題については様々な考え方があり、各々自由で否定されるものではありません。

 ただ、私個人のことに限って申せば、「自然に帰る」という方法はただ今考えられません。それは、私自身のいのちは阿弥陀如来のご本願にお任せするので、自らの遺骨に執着するものではないのですが、自分自身の生活を顧みる時、誠に恥ずかしながら、本当に自然に寄り添って生活をしているのか。多くのいのちが互いに支え合いながら存在する自然のことを見つめながら生活をしているのか、疑問に思うからです。

 衣食住、自分の生活のすべてが自然と無関係なものは何一つありません。生きている間にそのことを真剣に見つめ、実践できていない自分自身が、死ぬ時だけ一方的に「自然に帰る」とは、たとえ僅かな粉塵であったとしても、言えない気が致します。

 家族の遺骨とはどのような存在か。そして自らの遺骨をどのように受け止めるのか、あらためて問わねばならない時代が来ているようです。

固定リンク | 2018年02月01日【302】

1月16日〜思いをめぐらせましょう。

 新たな年が明けて半月が経ちました。

 さて、今月八日は成人式でしたが、横浜市の振り袖販売・レンタル業者が突然休業し、晴れ着を着ることができず、成人式に出席できない新成人がたくさんいたという、耳を疑うようなニュースが飛び込んできました。

 また予約していた晴れ着がネット上で転売されたり、被害は来年の新成人にまで及ぶのではないかと心配されています。

 きっと、大切なわが子の晴れの日にと、ご両親が用意されていた家庭もあったことでしょう。おじいさんおばあさんが孫のためにと用意されていた家庭もあったことでしょう。中には、自分でコツコツと貯金をしていた方もおられたと思います。

 晴れ着は単なる商品や品物でなく、新成人を祝うそれぞれの真心が、あの色艶やかな形になったもので、そう思うとき、この度の大人の無責任な行為に憤りを感ぜずにはおれません。

 また今月十五日は、軽井沢町でスキーバスが転落し、乗客乗員十五人が亡くなり、二十六人が重軽傷を負った、あの大事故より丸二年でした。

 犠牲者はすべて大学生で、経営者は運転手に義務づけられた健康診断も、適性検査も実施していなかったと聞きます。将来を担う若者のいのちが失われたことは本当に残念でなりません。

 激しい価格競争や儲けを優先するがあまり、その被害が多くの若者に及んでいることを、私たち大人は今一度、真剣に顧みる必要があります。

 思いをめぐらせましょう。もっと豊かな創造力を持ちましょう。

自分のお仕事やお付き合いの一つ一つの裾野には、自分の大切な子や孫、家族と同様に、多くの人々のつながりや願いがあることに思いを馳せるとき、自らのただ今の行為が、やがてどのような影響をもたらすのか、すべてとは言わずともある程度予想はつきます。

 これからの将来を担う若い方々を、悲しませたり苦しませたりするような社会であってはなりません。

固定リンク | 2018年01月16日【301】

2018年1月1日〜オレ様ファースト主義は…

 明けましておめでとうございます。今年も覺照寺『心の電話』をよろしくお願いいたします。

 さて、昨年をふり返ると、北朝鮮の核とミサイル、森友・加計学園問題、天皇陛下の退位決定、小池・希望の党の驕りと先走り選挙など、様々なことがありましたが、中でもトランプ大統領のアメリカファースト主義には世界中が混乱しました。

 どの国にも、自らの国益に忠実に物事を進めていくのは当然でしょうが、その根底には民主的、協調的な考えを持って対応するのが基本ですし、これまでその中心的存在がアメリカだっただけに、国際的な混乱に歯止めがききません。

 そんなトランプさんに聞いてほしいお浄土にいる鳥のお話があります。

 阿弥陀さまのお浄土の世界には、色とりどりのたくさんの鳥たちがいて、常に阿弥陀さまの功徳を優雅な鳴き声で讃えているそうです。

 その中に「共命之鳥」という、胴体は一つなのですが、頭が二つあって、鳴き声がとても美しい鳥がいるそうです。ぐみょうとは共に命を持つ鳥と書きます。 この鳥がお浄土に生まれる前の話です。この鳥は毎日、とても仲がよかったのですが、ある日森の中で、いったいどちらの方が鳴き声が美しいかが話題になりました。

 二つの頭を持った鳥は互いに、「オレの方が一番だ」、「いやオレの方が美しい声を持っている」と言い争いを始め、同じ体を持ちながらも、その争いはお互いを憎しみ合うまで増幅していきました。

 そして遂に片方が、「あいつがいなくなれば、オレは一番になれる」と餌に毒を混ぜて食べさせました。

 食べた片方は苦しみながら死んでいきますが、間もなく毒を盛った片方も苦しみの中で命を果てます。当然です。胴体は一つなのですから…。

 このお話は、目には見えない縁によって生かし生かされている私たちが、「自らの強い思いによって他を滅ぼすことは、自らをも滅ぼすことになる」ことを教えています。

 新年に当たり、トランプさんも、正恩さんも、そして私も、共々に心にとどめたいお話です。

固定リンク | 2017年12月31日【300】

[1]    «    2  |  3  |  4  |  5  |  6  |  7  |  8    »    [105]

- 管理用 -

最近の記事

月別記事