こころの電話

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2月1日~最悪のシナリオは既に…

 厳しい寒さに、庭の木々が春待ち顔をしているようです。

 さて、食品や生活用品などあらゆる物が高騰する中で、物価の優等生と言われる卵までも値上がりをして、その一因に鳥インフルエンザがあるようです。

 鳥インフルエンザの中で、高い致死性があるものを高病原性鳥インフルエンザといい、鶏の致死率は七十五パーセントに達するそうです。

 鶏舎などで感染が確認されると鶏舎内のすべての鶏が殺処分され、農場の閉鎖や消毒がされます。

 今季、殺処分された鶏などは全国で既に一千万羽を超え、鹿児島県内では百三十四万三千羽になるそうです。

 数羽感染しただけで農場内の鶏をすべて殺処分してしまうことは、食品衛生上、また感染拡大を防ぐためだけと思っていましたら、そうではないことが先日、南日本新聞に書かれていました。

 鳥インフルエンザウイルスは、感染した鶏やふんなどに直接触れなければ、人にはうつりにくいのですが、ウイルスは変異するもので、感染が拡大すれば、他の動物や人間と、ウイルスが接触する機会が増え、新型の危険なウイルスが現れる可能性があります。

 ウイルス感染が広がり、人から人への感染力が強まり新型のインフルエンザになった時、最大で人口の四分の一にあたる三二〇〇万人が感染し、六四万人が死亡すると、日本政府が想定していることも、新聞には書かれていました。

 これらのことを知りますと、たくさんの鶏が殺処分されていることは、最終的には人間の命を守るための行為と言えます。

 テレビや新聞で時折、感染による大量の鶏の殺処分の報道があり、私たちは慣れっこになっているような感がありますが、私たち人間の命を守るために、たくさんのいのちが失われていることを、心にとどめておきたいと思います。

 新聞では、もしもの人間への感染拡大を最悪のシナリオと表現してありましたが、鶏たちにとってはもう、最悪のシナリオのただ中です。

2月1日~最悪のシナリオは既に…2023年02月01日【421】

1月16日~お育てにあずかる

 今年の鏡開きも終わりました。ぜんざいを召し上がったでしょうか。

 さて、浄土真宗には「お育てにあずかる」という言葉があります。

 これは仏さまのはたらきによって、凡夫である私が、仏さまのみ教えを聞く身に育てられていくことです。

 これを、一般的な受け止め方で言うと、人として生きていく上で、忘れてはならない大切なことを、教えられ育てられることでありましょう。

 この度、九十六歳でお浄土にお参りになったSさんも、私を育ててくださったご門徒のおひとりでした。

 今から二十年ほど前までは、ご法事や通夜、葬儀も、集落の報恩講も、自宅や地域の公民館で行われていましたが、Sさんは、私が車で到着する頃に、いつも道路脇で直立不動で待っていてくださいました。

 そして、停車した車から衣の入った私のカバンを取り出して、法要の会場まで持って下さいます。

 喜寿を超えた人生の先輩にカバンを持ってもらうなんてとんでもないと、私が自分で持とうとすると、「お坊さんのカバンを持つのは門徒の私の仕事です」と、渡そうとはされません。

 ご法事の最中は、凜とした姿でお経や法話を聞かれ、法事を終えて私が帰ろうとすると、またすぐさまカバンを持って車まで運び、道路脇で最後まで見送って下さいました。そして、その姿は、炎天下の時も、寒風吹く厳冬の時も変わりませんでした。

 Sさんは、言葉にこそ出されませんが、「今日も仏さまのお勤めをよろしくお願いしますよ」という心が、その自然な振る舞いの中に現れていて、その姿に支えられて、私はいつも、せいいっぱいのお勤めをすることができました。

 この度、そのSさんがお浄土にお参りになりました。

 お育てをいただいて有り難うございました。またお浄土で…と、感謝のお念仏でお見送りをいたしました。

1月16日~お育てにあずかる2023年01月16日【420】

2023年1月1日~短期、中期、長期の人生

 明けましておめでとうございます。今年も「覚照寺・心の電話」をよろしくお願いいたします。

 さて昔、先輩方からお仕事を教えていただく中で、「短期、中期、長期の計画を立てて仕事を進めなさい」と言われました。

 短期とは今直ちに行う仕事。中期とはすぐではなくても、ある一定期間の見通しを立てて行う仕事。長期とは長い時間をかけて、理想の完成の姿に近づくよう計画を立てて行う仕事であります。

 人生も同様のことが言えるかもしれません。若い時には、何でも学ぼうという姿勢で、目の前の仕事に体力の続く限り一生懸命取り組んでいたように思います。中年の時には、家庭や子どものことや自分の健康のことなど、将来のことを少し踏まえてお仕事をしてきたようです。

 平均寿命が延びた現在では、初老は六十歳くらいからを言うそうですが、その年になって、いよいよ長期計画を完成させる時期が近づいてきました。

 新年早々ではありますが、「あなたのいのちはどこに向かって生きていますか」と問われた時に、あなたはどのようにお答えになるでしょうか。

 嬉しいこと楽しいこと、悲しいこと辛いことを重ねてきて、人生の長期計画の完成日が近づいてきている時に、「私のいのちはどこに向かっているのかわかりません」では少し困ります。

 年齢ととともに、自分のいのちの帰すべき確かな目標があってこそ、残された人生を安心して送ることができます。あてどなくさまよい、どちらに向かっていけばいいかわからない人生は迷いであります。

 お釈迦さまは、人生の長期計画の最終目標、つまりいのちの帰すべき目標を「極楽浄土」と示してくださいました。まことのしあわせあふれるさとりの世界であり、親しき方と再び会える世界でもあります。

 今年一年、またこの真実の目標をしっかりと定めるために、お寺でお聴聞を重ねましょう。

2023年1月1日~短期、中期、長期の人生2022年12月31日【419】

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