こころの電話

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11月16日〜いつでもどこでも一緒なら…

 「秋の日はつるべ落とし」と言われるように、夕暮れがとても早くなりました。 さて先般、幼稚園である園児がこのような質問をしてきました。

 「先生はいつも、『阿弥陀さまはいつでもどこでも、皆さんと一緒にいてくださいますよ』と言ってるけど、なぜ、幼稚園から帰るとき阿弥陀さまにさようならとご挨拶するの。いつでもどこでも一緒ならごあいさつはいらないのじゃないの」

 何とも鋭い質問です。その園児が言うように、阿弥陀さまが私と、いつでもどこでも一緒にいてくださるなら、ご挨拶の必要はありません。

 しかしそのことをみ教えに尋ねると、「阿弥陀さまがいつでもどこでも私と一緒に」というのは、阿弥陀さまのさとりの立場から皆一人ひとりを救おうと、人間の思いを超えた智慧の心をもって示してくださったものであります。

 阿弥陀さまのさとりの立場は誰にも平等で、時間も空間も超えていますから、私たちにとっては、誰にでも、いつでもどこでも阿弥陀さまは一緒にいてくださいます。

 「なぜ、幼稚園でご挨拶をするのか」というのは、阿弥陀さまが皆を救おうとするお慈悲の立場から、あえて私たちの目に見える形で、その姿を表しておられるからです。

 だから幼稚園にも家庭にもお仏壇があり、幼稚園でも阿弥陀さまのお姿にご挨拶をし、家庭でも朝夕お参りをするのです。

 「皆さんは、朝お家を出てくるときにお母さんに『行ってきます』とご挨拶をするでしょう。帰ったときはまたお母さんに『ただいま』とご挨拶をしますね。でも、皆さんが幼稚園でお勉強しているときも、運動をしているときも、ご飯を食べているときも、いつでもどこにいるときでも、お母さんは皆さんを心配し、励まし、寄り添ってくださってます。幼稚園に来ているときも、お母さんの心は皆さんと一緒にあります。阿弥陀さまのお心はそのお母さんの心と一緒ですよ」

 私は子どもたちに、そのようにお話を致しました。

固定リンク | 2017年11月13日【297】

11月1日〜自然に刃向かうよりも…

 先月は一週間おきに台風が到来し、それによる被害が心配されました。

 また、稲刈り前の農家の方、秋の祭りを予定された方なども同様であったことでしょう。

 私も最初の台風到来は幼稚園の運動会、その次の到来にはバス遠足が予定されていたので、実施できるかどうか大変心配しました。

 台風が自分と関係のない地域や人々のところに向かってもあまり気にしませんが、自分の地域や行事の定まった日に向かってくるととても気になりますし、いよいよとなれば自分の所をそれて他の方向へ向かうことを願ったりします。たとえかわいい子どもたちのためとは言え、人間は身勝手な生き物です。

 当たり前のことですが、台風や地震などの自然現象は、人間の力ではどうしようもありません。

 もし台風が来るなら、庭の物が飛ばないように、家が痛まぬように前もって備えるしかありません。

 地震には、いつおきてもよいように、家具が倒れぬよう火事が起きぬよう、また逃げ場も常に考えておかねばなりません。

 自然に刃向かうよりも、人間が自然に寄り添うしか、その猛威から避ける手立てはありません。

 人間の体も同様のことが言えるかもしれません。

 年を取るにつれて目が悪くなり、体は硬くなり、体が思うように動かなくなってきます。年とともにあちらこちらが痛み、自分の思うように行かなくなるのも、これまた自然なことです。
 病院に行ったり薬を飲んで、その自然なことを少し防いだり、遅らせたりすることもできるでしょうが、やはり自然にそれは進みます。

 台風や地震に人間が寄り添うしかできないように、その自然の中で、人間がどのように生きるのかが問われるところです。

固定リンク | 2017年10月31日【296】

10月16日〜仏さまのいのちを生きる

 ひと雨ごとに、冷たさが増す季節です。

 さて、幼稚園には家庭訪問がありますが、私は毎年、園児の家庭に出向く先生方に、「もし、訪問した家庭にお仏壇があったなら、まず仏さまにご挨拶のお参りをしてから、保護者と話を始めてください」と事前に話してから送り出しています。

 なぜなら、そのお宅の主はお仏壇の仏さまだからです。主に最初に挨拶をするのは当然のことです。

 しかし今年、家庭訪問を終えた先生方に、お仏壇のあったご家庭を聞いたなら答えは0でした。

 昨今、核家族は当然ですし、幼稚園児の保護者はまだお若いので、わが家にお仏壇を求めるご縁がないのでしょう。やむなしとは思いながらも、0という数字をとても残念に思いました。

 お仏壇はご先祖を偲ぶ所ではありますが、それ以前に、中心に仏さまを安置するところです。ですからお仏壇といいご先祖壇とはいいません。

 その仏さまは、休むことなく私たち一人ひとりを救わんと願い続けていてくださる存在です。また仏さまは、私たちは衣食住すべてに亘り、目には見えないいのちのつながりの中で生かされていることに気づくよう、呼びかけてくださっている存在でもあります。

 家庭でご飯が炊けたときには、まず最初に仏さまにお仏飯をお供えします。そして、食事を頂くときには必ず仏さまに感謝のお参りをしてから頂くよう、私たちは親から教えられました。

 また、人様から頂き物をしたときには、まず仏さまにお供えしお参りしてから包みを開くよう教えられました。

 これは、私たち一人ひとりは、多くの尊いいのちのつながりの中で生かされている、いわば仏さまの尊いいのちを生きていることを学ばせていただく行為です。

 どうかお子さまが幼いときから、家族一緒にお仏壇にお参りする生活をと、切に思うことであります。

固定リンク | 2017年10月15日【295】

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