こころの電話

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7月16日〜善き人、正しき人と出会う。

 西日本を中心とした豪雨災害は、甚大な被害をもたらしました。被災された皆さまに心よりお見舞い申し上げるとともに、支援の輪を広げていきたいと思います。

 さて先日、友人の僧侶が送ってくれた一枚の葉書に、善き人、正しい人との出会い、そして正しい教えを聞くことの大切を説いた、お経の一節が記されていました。ご紹介します。

 善き人と生活し、正しき人に近づきましょう。
 正しき教えを聞いて、善き道に進み、悪しき道に入ることがありません。

 善き人と生活し、正しき人に近づきましょう。
 正しき教えを聞いて、善き人から智慧をいただくことができます。

 善き人と生活し、正しき人に近づきましょう。  
 正しき教えを聞いて、悲しい世にも哀しみに沈むことがありません。

善き人と生活し、正しき人に近づきましょう。
正しき教えを聞いて、きらきらと輝く、明るい存在に変わります。

善き人と生活し、正しき人に近づきましょう。
正しき教えを聞いて、み仏のみ国に生まれさせていただきます。

善き人と生活し、正しき人に近づきましょう。
正しき教えを聞いて、よろこびが尽きることがありません。

善き人と生活し、正しき人に近づきましょう。
 正しき教えを聞いてこそ、一切の苦悩から解放されるのです。

人はこの世に生まれて多くの出会いを繰り返し一生を終えていきますが、このお経の一節は、善き人との生活、正しき人と出会うことの大切さを説いています。

 善き人、正しき人とは、法律を犯さないという意味でなく、仏さまの真実の教えに生きる人のことです。

 私にとって、この葉書を送ってくれた友人の僧侶も、日々右往左往する私を、正しい道への導いてくださる善き人の一人であります。有り難いことです。

固定リンク | 2018年07月16日【314】

6月16日〜心づくしによって…

 突然の雨に見舞われることを雨接待を受けるといいますが、草花にとっては恵みの雨です。

 さて、六月初旬、ご門徒のKさんのお宅にご法事で出向きました。今年四月に亡くなられたご主人の四十九日の法要です。

 読経、ご法話と法事は続き、参集された全員が、私の話に熱心に耳を傾けてくださいましたが、特にその中いらしたお孫さんらしき若い女性三人が、頷きながらお聴聞くださった姿がとても印象的でした。

 会食の時間となったとき、その女性三人の中の一人が、皆の前に大きなテレビを持ってきて、ご法事の主役であるお祖父さんが亡くなられてから葬儀が終わるまでの様々なシーンが、約十分ほどにまとめられたビデオを映してくださいました。

 納棺で、亡くなられたお祖父さんの手足をやさしく持って服を着せる家族の姿や、涙に濡れながらもあたたかな眼差しでその様子を見つめるご親戚。

 美しい花が咲く春のお庭から、霊柩車が葬儀場へと出発し、それを寂しそうに見つめる家族の姿。

 通夜、葬儀に参列された多くの方々や、悲しみの中にも和やかに集うご親戚。そして最後のお別れ出棺、火葬場へと映像は続き、そこに集う縁ある一人ひとりが、ひと月半前の今生でのお別れの場面を、一つ一つ懐かしく思い返しながら見ることでした。

 私も拝見しながら、亡くなられたお祖父さんのために、そして後に残るお祖母さんのために、お孫さんが心をこめて作られたことをとても有り難く、心が温まる思いでした。

 心づくしという言葉があります。もとの意味は心がすり減るほど思い悩むことですが、現代では相手のことを思いできる限りのことを行う意味で使われます。お孫さんのその心づくしによって、その場に集う縁ある皆が、感謝の心満ちる思いになったようです。とても有り難いご縁をいただきました。

固定リンク | 2018年06月23日【313】

6月1日〜「幸せ」を感じるときは…

 雨に濡れたカキツバタがいっそう輝いて見える季節です。

 さて先日、知人のお寺のご住職のお話を伺いました。

 ある日、そのご住職がご門徒宅でお勤めを済ませて、歩いてお寺に帰る途中、数人の小学校低学年の女の子が、地面を這うようにして捜し物をしていました。

 ご住職が「何を探してるの」と尋ねると、「四つ葉のクローバーを探しているの」と答えたそうです。

 「四つ葉のクローバーを見つけてどうするの」と重ねて聞くと、口を揃えて、「幸せになれるのよ」と答えたそうです。

 女の子たちが求める「幸せ」という言葉に興味を持ったご住職は、一緒にクローバーを探しながら、「あなたたちが幸せを感じる時ってどんな時」と聞くと、その中の一人の子が当たり前のような顔をして、「ナモアミダブツと、仏さまにおててを合わせている時だよ」と答えたそうです。

 思いがけない返事にご住職は驚きました。そして、その訳を聞いてみると、その子の家庭では、夕食前に必ずみんなそろって仏さまにお参りをするとのことでした。

 そして、最後にお母さんが、「今日もみんな元気で一日が過ごせて幸せでした。有り難うございました。ナモアミダブツ、ナモアミダブツ」と一緒に言ってから、夕食が始まるのだと、教えてくれたそうです。

 「親の姿を見て子は育つ」とはこのことでありましょう。

 「毎日、夕食前には家族そろって仏さまにお参りをする」という繰り返しの中から、その女の子は親の姿を通して、とても大切なことを学び、大きな幸せを感じていたのです。

 「幸せ」とは他人の境遇と自らを比較して感じるものではありません。そして、本当の「幸せ」とは、いかに時代が変わろうとも決して変わることなく、私のすべてを支えてくださる尊い教えに出遇うことかも知れません。

固定リンク | 2018年05月31日【312】

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