5月16日~人間の一方的な思い
鹿児島は、観測史上二番目に早い梅雨入りとなりました。
さて、若葉青葉が美しい季節ですが、春を告げる鳥の異名を持つ鶯は、春しか鳴かない鳥だと思われがちです。
しかし、鶯は一年中日本にいる鳥で、春を過ぎると山へ移動して、変わらず美しい声でさえずっているそうです。
ところが、昔の人々は夏に鳴く鶯を、年老いた鶯と書いて「老鶯」と呼び、その他にも、残った鶯と書いて「残鶯」、晩れる鶯と書いて「晩鶯」、なんと狂った鶯と書いて「狂鶯」、さらに乱れた鶯と書いて「乱鶯」など呼び、人間の都合や一方的な価値観からすると、鶯にとってはとても心外な呼び方です。
また春になると様々な虫たちが顔を出してきますが、バッタやカメムシ、カやハエ、ムカデやゴキブリ、アリやクモなど、これらも皆、人間からは害虫として敬遠されがちです。
農作物や穀物に害を与え、不衛生で食品にも害を与えることがあるので、人間は一方的に害虫と呼ぶのですが、虫たちは人間に害を与えようとして生まれた来たわけでもなく、生活しているわけでもありません。きっと彼らは彼らなりの言い分があるはずです。
虫たちが発生した田畑では農薬がまかれ駆除されます。家ではゴキブリやムカデを発見すると殺虫剤で駆除します。
人間の生活を清潔に、安全に保つためにやむを得ないのかもしれませんが、殺して、駆除してそれで終わりでいいのでしょうか。
日本のお寺では、昔より虫供養が勤められていました。これは、農業や日々の生活の中で、人間の都合で多くの虫たちのいのちを殺めることについて、謝罪の心をもってお勤めすることです。
多くのいのちがそれぞれに春を謳歌する季節です。人間の一方的な思いに対する慚愧と、虫たちへのごめんなさいの心を忘れたくないものです。
2021年05月17日【380】