11月1日~あの人とまた会いたいなぁ…
冷たい小雨が時折降る季節です。
さて、ご法事でご門徒のお宅によく出向きますが、ご法事が終わるとお斎、つまり会食の時間となります。
お斎とは、お勤めをした僧侶やお参りに来てくださった方々を感謝の思いでもてなすお膳のことで、お参りされた方々で思い出話をして、故人を偲ぶ目的もあります。
時間が許す限り、私もその席につくようにしていますが、そのお斎の様子は様々です。
お参りに来られた全員で、亡き方の懐かしい思い出話をしたり、アルバムを広げて皆で泣いたり笑ったりのあたたかな家庭もあります。
逆に、故人の話など何一つ出ることもなく、世間話で終始する家庭もあります。
また、ご法話が縁となって仏教やお寺の歴史、親鸞聖人やお念仏の教えに話が発展することもあります。
常々そのような風景を見ながら、もし私自身が死んだなら、ご法事の席で、私の家族や知人たちはどのような話をするだろうか、亡くなった私に対してどのような評価をするだろうかと、思いました。
私の思い出話など何一つ出ることもなく世間話で終わるなら、これはとてもさみしい思いがします。私の欠点や不評、悪口を言うくらいなら、まだ世間話の方がましです。
人にはそれぞれ、性格やクセ、表情や行動など特徴があり私自身、できるならそのよい部分を人に見てもらい、印象に残して、覚えていてほしいものです。
ところがあらためて自分の姿をふり返ると、そのよいところがあまり見当たりませんし、よき方向へ向くような努力も普段からしていません。そして、そのことを一番感じているのは、同じ屋根の下に住まう家族でありましょう。
やがてお別れをしたとき、「あの人ともう一度会いたいなあ」と言われる存在になることができたなら何と素敵なことでしょう。
またそのためには、日々私は何をすべきでしょうか。互いに一度は考えておきたい事柄です。
2016年10月28日【272】