このコーナーでは、住職が仏教月刊誌『MIDOSAN』の取材や布教、またプライベートで訪れた全国の様々な風景や記事等をご紹介いたします。全国に点在するお寺のまわりには、とてもすばらしい風景があります。

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こんな山水で まいまいが…

 10月下旬、私用で大分・国東半島の正覚寺様にお参りに行きました。正覚寺のご住職やそのご兄弟には、公私ともにお世話になっています。本堂にお参りして驚きました。下陣の格天井や側壁がすべて鮮やかな花や天女の絵で彩られているのです。
これはすべて前坊守様の手書きによるもので、「素人だから…」と謙遜しておっしゃるものの、手間暇かけたその絵はまことに美しいものでした。
帰りには、ご住職がJR宇佐駅まで車で送って下さいましたが、途中、赤根の阿弥陀寺前で歌人山頭火の句碑を見ました。 

「こんな山水で まいまいがまうてゐる」

山頭火が「乞食」といわれる終業の旅に最初に踏み出したのは大正14年10月のこと。
この国東半島を訪れたのは、昭和4年11月のことです。
 この国東半島への旅は彼にとって特別な意味を持っていました。それはかねてからの念願であった亡母の供養を目的とした筑紫三十三観音霊場めぐりが、この国東半島からはじめられるからです。

 山頭火は、赤根から大分の中津にいる句友・松垣昧々(まいまい)へも書簡を出していて、その書簡にこの句が記されています。その日の6日前までは、昧々宅で随分にお世話になっていた山頭火、句の"まいまい”はミズスマシのことであるが、暖かく歓待してくれた句友・昧々への感謝の思いを重ねていたと推察されます。

固定リンク | 2007年11月02日【20】

開基百周年おめでとうございます。

 10月27日(土)〜28日(日)は、鹿児島県鹿屋市にある願生寺様の「親鸞聖人七百五十回大遠忌法要 願生寺総門徒追悼法要 願生寺開基百周年法要」が営まれ、住職がお招きを受け出勤いたしました。
 願生寺は、明治13年、篤信のご門徒(川原氏)が自費を投じ、僧侶を招いて自宅を布教所にあてられたのが始まりで、以来10数人の布教者が勤め、現在、第五世佐々木哲生師が住職を務めておられます。
 28日の法要に出勤をさせていただきましたが、たくさんのご門徒方と一緒に「正信念仏偈」をお勤めし、如来さまに感謝と同時に百周年をお祝いいたしました。

固定リンク | 2007年10月29日【19】

日本一の前方後円墳・おなじみ仁徳天皇陵

 8月26日(日)、大阪府堺市にある仁徳天皇陵に子ども二人を連れて行きました。次女の社会科研究の宿題のためです。
 「おなじみの…」とは言ったものの初めてです。墳丘全長480メートル、前方部幅305メートル、後円部直系245メートル、前周囲2,718メートル、面積464,129平方メートル、正式には百舌鳥耳原中陵(もずみみはらなかのみささぎ)と言います。毎日最大で2,000人が働いて完成まで15年、現在のお金で800億円がかかったそうです。
 その大きさにとても驚きました。それにしても大阪の夏は暑く、3人ともへとへとの一日になりました。

固定リンク | 2007年08月31日【18】

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