4月1日~「慣れる」ことは大切だけど…
例年になく遅い桜の開花です。
さて、四月に入り、学校や会社でまた新たな年度がスタートします。新入生、新入社員には、早く新しい環境に慣れてほしいものです。
そこで、その「慣れる」ということについて、私の思い出話をします。
今から二十二年前、私は大阪の御堂筋にある本願寺津村別院に勤務しましたが、勤務して一年目、いわば小僧さん時代の話です。私を含め新人は、早くお寺の勤めに慣れようと一生懸命の毎日でした。
その年の津村別院はなぜかお葬儀が多く、新人の私たちは、その準備や手配に追われていました。一つのお葬儀が終わるとまた次の葬儀が入る、という状態です。
ある日、同僚の新人職員が事務室で、あまりのお葬儀の多さについ、「また、お葬儀か、しんどいな」ともらしました。重たい荷物を運んだり、全身でお経を唱えたり、大衆の前で緊張したり、傍目から見るよりも結構疲れるものです。私も内心、「ほんとだな」と思いました。
しかし次の瞬間です。「おまえは何ということを言うか」と叱責の声がしました。その場に居合わした先輩の僧侶でした。そして、「葬儀を勤める側は何回あっても、葬儀を迎える側は一回切りぞ。そんなたるんだ気持ちで勤めたら
遺族にとって一回きりの葬儀はどうなるか」と、激しい口調で言われました。
「勤める側は何回でも、遺族にとっては一回切り」。その時、私は大切なことを学ばせてもらいました。と同時に、早く慣れることは大切だが、慣れほど怖いものはない、とも思いました。
「お葬儀はしんどいな」と言った同僚も、「ほんどだな」と思った私も、早く仕事に慣れようと必死でした。しかし、勤めて数ヶ月しかたたない私たちの心には、すでに「慣れの怖さ」が潜んでいました。
先輩僧侶は、その怖さを鋭く指摘されたのでした。お互いに、心したいものです。
2007年03月31日【45】