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心のでんわ

7月1日〜人間の、逃げ場のない事実

 梅雨空のすき間をぬって差す日の光は、既に夏色です。

 さて、先般、車の運転中に携帯電話が鳴りました。道路脇に車を止めて電話に出ると、友人から久しぶりの電話でした。

 「久しぶりだね。元気にしてた」と、問いかけようとしたのですが、どうも様子がおかしいのです。

 すると、彼は声を詰まらせながら、「母が、母が、突然亡くなりました」と、訃報の電話でした。

 彼のお母さまは、数年前よりご病気になり、自宅で家族の介護のもと療養されていましたが、この度、突然様態が悪くなり急逝されたとのことでした。

 あまりにもの突然の電話で、しかも悲痛な知らせに、私は言葉も出ず、彼の言葉に耳をかたむけるのが精いっぱいでした。

 「人、独り生まれ独り死し、独り去り独り来たる。身みづからこれを当くるに、代わるものあることなし」という言葉がお経にあります。

 人は、普段家族や知人と一緒に生活をしているようであるが、結局は独りで生まれ独りで死んでいかねばならない。その逃げ場のない事実は、誰とも代わることができない。それが人間の現実なのだということです。

 私は、彼の悲痛な言葉を耳にしながら、このお経の言葉は、お亡くなりになった方がその身をもって示される、人間の厳しい現実ですが、それと同時に、この世に残された方に迫る現実であることを教えられました。

 心から大切に思う人に先立たれ、この世に残された者の孤独。愛する人から先立たれ心の支えを失った者の孤独。「独り生まれ独り死し、独り去り独り来たる」という、この「独り」という言葉は、どうあがいても独りで去らねばならない、厳しい人間の現実とともに、この世に残された人間の、厳しい現実を表していることに気付かされます。

 私は、ただただお念仏を申し、このお経の言葉を深く味わうばかりでありました。

2008年06月30日【75】