覚照寺 本堂平成大修復落慶
覚照寺 創立130年
第4世住職継職慶讃 法要
平成19年4月28日(土)〜29日(日・昭和の日)にかけて、『覚照寺本堂平成大修復落慶 覚照寺創立130年 第4世住職継職慶讃法要』が執り行われました。両日とも春の好天に恵まれ、多くの参拝者のもと、厳粛にまたにぎにぎしく行われました。二日間の模様をお伝えいたします。
慶讃法要の趣旨
法要スローガン 〜仰いで感謝 迎えて躍進〜
覚照寺は、岐阜県覚王寺出身、本願寺教師補で、薩摩念仏禁制の中での伝道経験を持つ平島義山師が、明治11年7月7日大谷光尊門主(本願寺第21代明如宗主)より鹿児島開教を命ぜられ、薩摩各地を伝道の後、信者の強い要望により明治13年2月岩川に説教所を創設、同17年5月2日、開基住職として「放光山 覚照寺」と公称したことに始まります。
それより、仏さまのみ教えが人々の心にしみこむにつれ門徒は増加し、昭和4年から6年にかけて現在の地に現本堂が建立されました。その本堂は、大隅岩川の信仰・聞法の道場として務めを果たしてきましたが、同時に第二次世界大戦中は飛行場勤労奉仕者隊の宿舎並びに陸軍の兵舎となり、終戦当時は小学校の分教場になりました。また、終戦一週間前には米軍の機銃掃射約数百発を受け大火の危機に遭い、さらに幾多の台風やシロアリ被害によって老朽化も危惧されていました。
しかしこの度、現門徒方の熱意と懇念、また卓越した技術者によって74年ぶりに大修復を行い、平成17年7月に見事完成いたしました。
折しも今、覚照寺が建つ大隅の地は次第に変化しつつあります。高齢化が進むと共に、都会から流れ入る合理化・経済優先の思考は、人々の純粋な感謝(おかげさま・もったいない)の心や、仏さまへの報恩の心を希薄にしていきます。
今こそ、お念仏をいただく人々が共に手を取り合い、心豊かな人々の育成と和やかな地域社会づくりが求められており、その心の拠り所となるのが無量寿無量光の阿弥陀如来まします本堂であります。
仰いで感謝 迎えて躍進。この度のご法要は、本堂大修復を終えたことを共々に慶び、一人ひとりがあらためて、報恩感謝のお念仏こそが私の心の拠り所と確認するためのものであります。さらに覚照寺創立百三十年並びに第四世住職継職を仏前に奉告し、広く有縁の方々と共に、新たなる覚照寺の門出を祝福し厳修いたします。
好天に恵まれ、稚児行列スタート。総勢300人以上の行列になりました。
受付を務めて下さった役員さんたち。
稚児さんには、第3世住職より記念証書が渡されました。
記念写真
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覚照寺本堂平成大修復落慶
覚照寺創立130年・第4世住職継職
慶讃法要の日程
第1日目 4月28日(土)
- 10:00〜
- 稚児行列(県合庁前〜覚照寺)
- 13:00〜
- 教化団体役員の表彰式
- 13:30〜
- 大法要(金糸永代経法名録奉納式)
- ご法話 吉川孝臣先生 演題「現代社会の課題」
第2日目 4月29日(日・昭和の日)
- 13:00〜
- 記念式典 若婦人会コールピュアサンガのコーラス
- 大修復功労者、永年勤続役員の表彰式
- 14:00〜
- 大法要(第4世住職継職儀式)
- ご法話 吉川孝臣先生 演題「伝えるもの託すもの」