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覚照寺 本堂平成大修復落慶
覚照寺 創立130年
第4世住職継職慶讃 法要

第2日目法要

Kakushoji コール ピュア サンガコーラス

  1. BELIEVE
  2. みほとけのほほえみに
  3. 青い山脈
  4. 春の小川
  5. 朧月夜(おぼろづきよ)
  6. いのちまいにちあたらしい
  7. ほほえみとともに

二日目は、覚照寺コールピュアサンガのコーラスでスタートです。

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第2日目法要表白

敬って、大慈大悲の阿弥陀如来の御前に申し上げます。

本日ここに、覚照寺本堂平成大修復落慶 覚照寺創立百三十年 そして、浄土真宗末学 釈義仁 当放光山 覚照寺 第四世住職継職の奉告慶讃法要をお勤めするにあたり、恭しく仏前を荘厳し、懇ろに経典を読誦して、当山門信徒並びに有縁の法中方臨席のもとに、仏祖の御前に、住職継職の決意を申し述べます。

顧みますれば、当山に浄土真宗の法灯が掲げられてより百三十年の間、歴代の住職は宗祖親鸞聖人の教えを仰いで、怠ることなく人々にそれを弘め、門徒同行も聴聞に励み、共に協力してご法義並びに寺院の相続と繁盛に努めてきました。

これもひとえに、日夜休むことなく「常にわが浄土へ心を向けよ」と呼びたもう、阿弥陀如来の御はたらきのお陰であります。

阿弥陀如来は、すべての人を分けへだてなく、必ず救う本願の名号を成就して、釈迦如来この世に生まれたるは、その教えを説かんがためと、一命をもって人々にお勧めになりました。

その尊きみ教えは、長き歴史と道のり、そして七人の高僧方を経て、宗祖親鸞聖人に受け継がれ、よって浄土真宗を顕かにされました。

今ここに、第三世典雄住職より法灯を譲り受けた釈義仁、その流れをくむとはいえども、はなはだ浅学非才にして、力は十分ではありませんが、仏祖の冥加を受けて、歴代住職の足跡をたどり、門信徒方のご助力を得て、み法の灯を絶やさぬように、ひたすら精進いたし、自信教人信の歩みを重ねることを、

平成十九年四月二十九日
放光山 覚照寺
第四世住職 釈義仁
謹んで申し上げます。

法要に先だって、本堂大修復功労者や門徒役員功労者、また業者さんたちへ表彰・感謝状が渡されました。

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住職就任のごあいさつ

覚照寺第4世住職 平島 義仁

本願寺の宗務を終え覚照寺に帰り8年、この度覚照寺住職を継ぐことになりました。

覚照寺は、開基住職が岩川に説教所を開設して以来百三十年の歴史を歩んできました。

開基住職は田舎道を馬でお参りに行ったと聞きます。第二世住職は自転車をこいで、第三世住職は自転車とバイクでお参りに出向いたといいます。いずれにせよ道路の整備されていない時代、大変な苦労があったことが伺われます。

それは、先輩ご門徒方も同様です。昭和初期に現本堂を建立、幼い子どもから大人まで、皆が一丸となって地突きや木材の蝋磨きに携わったと聞きます。戦中戦後、物の不足した時代にありながらもお寺の護持発展にご努力いただき、その思いは現門徒方に引き継がれ、この度、本堂平成大修復という大事業をも完遂下さいました。

多くのご門徒方の懇念に支えられ、また代々の住職・坊守が努力して、大隅岩川の地にお念仏のみ教えを伝える営みが続けられてきました。覚照寺の第四世住職として、その歩みを引き継ぐことになりましたことを大変嬉しく、また責任の重さを感じます。

  • 今ここに、その人いまさずは、私の参る寺はない。
  • 今ここに、その人いまさずは、手を合わす私はない。
  • 今ここに、その人いまさずは、経を唱える私はない。
  • 今ここに、その人いまさずは、教えを聞く私はない。
  • 今ここに、その人いまさずは、私に後生の道はない。
  • あぁその人よ、偉大なるその人よ、南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏。

今年1月末から2月初旬にかけて、インド・お釈迦さまの仏跡参拝の旅行に覚照寺のご門徒8名の方々とともに参りました。10年ぶり4回目の聖地参拝でしたが、住職を継ぐその年に、あらためて仏教の原点にお参りできましたことを有り難く思いました。

上記の拙い詩は1月31日の明け方、お釈迦さま誕生の地、ネパール・ルンビニーで詠んだものです。「その人」とは、“いつの世でも、いかなる苦しみ悲しみがあろうともわけへだてなく必ず救う”と誓われた阿弥陀如来のご本願を、私たちに説き示された仏教の開祖・お釈迦さまのことです。

覚照寺にご縁のある方々が、その阿弥陀如来の大いなる願いの中に生かされ、一人でも多くの人がお念仏をよろこぶ身となっていただきますよう、佳子新坊守とともに精進してまいります。

これからも、覚照寺が立派に護持されますように、ご門徒の皆さまのご理解とご協力を切にお願いしまして、住職就任のごあいさつといたします。

第3世住職より住職継職の柄香炉を譲り受ける第4世住職。

住職就任の決意を仏前で述べる第4世住職。

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御礼のことば

覚照寺前住職 平島 典雄

京都の学校を卒業し帰寺したのは昭和26年3月でした。

それより今まで56年の間、昭和33年より36年の3年間、鹿児島西本願寺に教化指導主事として婦人青少年部門を担当、また鹿児島刑務所の教誨師及び篤志面接員として勤務いたしました。

昭和41年3月に第2世前住職が鹿児島市の病院で急逝した時、私はある小学校で講演中で、終了の後2時間かけて駆けつけましたが臨終には間に合いませんでした。その後、住職となって今年で41年になりました。

その間、ご門徒の皆さまには、御仏に仕える身とは言いながら、浅才非才の至らぬ住職の私を、常に協力的かつあたたかく接していただき今日に至りました。心より厚く感謝申し上げます。

第2次世界大戦後の数十年、非常に時代の変遷めざましく、ご門徒宅へ法事に出向くのにも自転車から単車そして自動車となり、道路も砂利道から立派な舗装道路になりました。

ふり返りますと、土葬のころは、時には友引の日のお葬式は夜10時から始まり夜中12時が過ぎて出棺されることもあり、夜の真っ暗な山道を自転車を押して帰ったことも度々ありました。

また八合原大地も現在はすばらしい街になりましたが、終戦時は広い畑が広がり、夜は真っ暗で方向を間違ったこともありました。冬の早い夕暮れ、法事の帰り道に農道から県道に出て、岩川方面への坂道を下るのに、いつもは見えるはずの岩川の町の灯が見えないと思いつつ、たどり着いたところは市柴の石橋だったこともありました。今となればとても懐かしい思い出です。

現在まで、ご門徒また地域住民の方々のご要望により偲恩堂建立、保育園並びに幼稚園の設立・全面改築等をしてまいりました。昭和53年の秋には、現本願寺第24代大谷光真御門主様をお迎えして御親修法要を厳修し、800名ものご門徒が帰敬式を拝受されました。また、平成4年の本堂御内陣の全面修復荘厳、そしてこの度の本堂平成大修復が最も心に残る大事業でありました。

これもひとえに仏組の御加護はもちろん、ご門徒の皆さま方の心からなるご援助ご協力のたまものと、深く感謝申し上げる次第であります。

高齢のため、この度住職を第4世義仁に引き継ぐことになりましたが、体の健康な限り、これまでと変わらず法務・教化伝道に勤しむつもりであります。

なお、私にたまわりましたと同様に、第4世義仁住職にご支援ご援助を賜りますよう、心よりお願い申し上げ、御礼の言葉といたします。

合掌

一緒に「正信偈」をお勤めしました。

村永・本願寺総務より第3世住職・坊守へ感謝状が渡されました。

村永・本願寺総務より第4世住職・坊守へ住職就任の「お祝いのことば」が届けられました。

渡邊門徒総代会長より、第3世住職・坊守へ感謝の記念品が渡されました。

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典雄前御住職・令子坊守様へ御礼の言葉

覚照寺総代会長 渡邉 義則

本日ここに本堂平成大修復落慶、創立130年、第4世住職継職慶讃法要をお迎えしましたが、老朽化が危惧されていた本堂が、ご門徒一人ひとりの尊いご懇念によって、また工事関係者のすばらしい技術によって見違えるように立派になりましたこと、誠に有り難くうれしく思うことであります。

また、この大修復落慶のご法要を機に、第三世典雄御住職並びに令子坊守様から、第四世義仁御住職並びに佳子新坊守様に法灯が譲られ、覚照寺が新たなる伝道教化の旅立ちをいたしますことは、私ども門徒にとってこの上ない慶びとするところであります。

典雄先生は、昭和3年に岩川の地にお生まれになり、都城中学校、京都龍谷大学と進まれ、ご卒業後、覚照保育園副園長、西本願寺鹿児島別院教科指導主事、鹿児島刑務所教誨師及び篤志面接委員を務められました。

昭和41年、第2世御住職義雄先生の突然の御往生に伴い、第3世住職並びに覚照保育園園長に就任。旧大隅町においても社会教育委員や民生委員推薦委員、保護司等をお務めになりました。

昭和46年には、保育園に就園できない子どもが多い大隅町の現状に鑑み、町長の要請を受けて学校法人愛光学園 大隅中央幼稚園を設立し理事長に就任され、覚照保育園の両施設で、令子坊守様とともに多くの子どもたちの福祉と育成に勤しまれました。

さらに、鹿児島県社会福祉協議会評議員や県保育協議会副会長等も務め、それらの功績が認められ、昭和63年に全国保育協議会会長表彰、平成2年鹿児島県知事表彰、同11年厚生大臣表彰、同16年には瑞宝双光章受賞の栄誉をお受けになりました。

先生は、「ご門徒がいつも気持ちよくお参りができるお寺に…」と、覚照寺の本堂をはじめとする施設管理には特に心を配られました。そして、「何事にも精いっぱい心を尽くして…」と、私ども門徒に接して下さいました。また令子坊守様はお寺の仕事と保育園両面に努力され、多くの仏の子どもたちをお育て下さり、その功績に対して、平成14年には勲六等宝冠章を受賞されました。

これまで、先生と前坊守様が手を携えて、私たちをお念仏の道へとお導きいただきましたことに、心から感謝と御礼を申し上げます。

住職・坊守のお勤めは、義仁先生、佳子様に引き継がれることになりますが、まだまだお元気であられますので、これからも私たち門徒をお育て下さったり、前御住職・坊守として覚照寺発展のためにご教導下さいますことをお願いしまして、門徒代表の御礼の言葉といたします。

住職就任のあいさつをする第4世住職。

門徒に御礼を述べる第3世住職・坊守。

お祝いのことばを述べられる村永・本願寺総務。

ご講師・ご来賓を皆でお見送り。

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