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心のでんわ
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2005年5月15日〜31日

 日増しに木々の緑が濃くなり、日差しは既に初夏です。
 さて、五月上旬、シルクロードの旅行に行きました。
 中国領で、モンゴルの左下にあたるウルムチ、敦煌、トルファンという町で、荒涼とした、とてつもなく広い砂漠地帯のオアシスが発展した町です。
 中国三大石窟の莫高窟など、仏教に関わる史跡もたくさん見学しましたが、ウルムチからトルファンまでの約二〇〇キロ、シルクロードのごくごく一部をバスで往復しました。
 湿度0、延々に続く岩山と砂漠地帯を往復六時間するのですが、車中、ガイドの話を聞いたり、本を読んだり。わたしは心の中で「お正信偈」のお勤めもしました。なぜなら、「お正信偈」には、阿弥陀如来様が私たちを一人残さず救おうとするご本願を立て、インドのお釈迦さまがそのことを説いてくださり、そのお経がシルクロードを経て中国へ運ばれ、日本に伝えられ、その間、七人のすばらしい高僧方を経て、親鸞聖人まで届いたことが記されているからです。
 シルクロードは絹の道という意味ですが、別名ボーンロードと言います。骨の道という意味です。中国のお坊さん方は、はるかなる国・天竺をめざして何年もかかって経典を求め、何千キロという道なき道をひたすら西へ西へと進みました。
 有名なのは西遊記で有名な玄奘三蔵ですが、その道に挑んだのは玄奘三蔵だけではなく、数多のお坊さん方が挑戦し、途中砂漠で無念にも朽ち果てた、記録には残らないお坊さん方もたくさんおられるのです。
 西をめざしたお坊さん方が道しるべにしたのは、途中、先に朽ち果てたお坊さんの人骨でした。砂漠に記した目印や足跡は風のひと吹きで消えてしまいます。その骨だけが唯一の天竺への道しるべだったのです。それを骨の道、ボーンロードと呼んだのです。
 いま、私たちは日々、お仏壇の仏さまに手を合わせます。ご法事にはお経をお勤めし、仏さまのお話を聞くことが出来ます。このお経もみ教えも、すべてこのシルクロード、いえ、数多のお坊さん方が命を懸けたボーンロードを経て私たちの手元に届いたものです。私は言葉には出来ない有り難さと、それを拝読する責任を感じました。
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