5月16日~地獄・極楽はどこに…
新型コロナウイルスの緊急事態宣言は、九州全域解除となりましたが、引き続き一人ひとりが衛生管理に努めることが大切です。
さて、昔から仏教のお話には、よく地獄と極楽という言葉が出てきますが、地獄と極楽はいったいどこにあるのでしょうか。
これは江戸時代中期のお話です。ある日、臨済宗の高僧・白隠禅師のところに、一人の武士が訪ねてきて、「地獄や極楽はどこにあるのか」とたずねたそうです。
その問に対し白隠禅師は、「おまえさんは武士であろう。武士というものは、常に生死を超えているものだ。その武士が地獄・極楽をわしに聞きに来たということは、さては死ぬことが怖くなったのだな。なんとも情けない武士だ」と、散々罵倒したそうです。
武士はじっと我慢して聞いていましたが、白隠禅師の侮辱の言葉があまりにも続くのでついに怒りが頂点まで達し、「いかに高名な白隠和尚といえども、わしに放ちたる侮辱の言葉は許すわけにはいかぬ。覚悟しろ」と、刀を抜いて禅師に斬りかかりました。
すると、白隠禅師はそれをするりと交わして、すかさず言ったそうです。
「それ、そこが地獄だぞ」
その言葉を聞いて、武士ははっとします。そして、刀を捨て禅師の前に伏して、「白隠和尚、申し訳ございません。有り難うございます」とお礼を言いました。 「おお、わしが伝えたいことがわかってくれたか。それ、そこが極楽じゃ」
白隠禅師は、微笑みながらそう言われたそうです。
仏教では、自らの行いによって死後に行く世界を地獄、極楽と説きますが、それと同時に、私たち一人ひとりの心の有り様を常に問うのも仏教です。
このお話は、怒りや腹立ち、妬みや嫉みが自分の心の中に起きたとき、それを抑えることはとても難しいことですが、その瞬間に、自分の足は地獄への道を進んでいることに気づくことの大切さを伝えています。
(仏教法話大辞典より)
2020年05月18日【357】