9月15日~この姿こそ仏さまの姿
九月十八日は敬老の日ですが、毎年連休のためにころころ変わる祝日は、どうも意味がはっきりしません。
さて、敬老の日で、昔よく聞いた話に「姥捨て山」がありますが、このお話は浄土真宗にご縁の深い話なのです。
それは、あの有名な物理学者・アインシュタイン博士が来日した時、普段より仏教に大変関心を持っていた博士は、仏教の話が聞きたいと言われ、浄土真宗の僧侶である近角常観先生が対応しました。そして、「仏さまとはどういうお方ですか?」という博士の問いに対して、近角先生は、「姥捨て山」の話をされました。
その昔、貧しい時代には、親が一定の年齢に来ると山に捨てに行かなければならない掟がありました。やむなく息子は母親を背負って山の奥へ奥へと登っていきます。すると、後の方で、「パキッ、パキッ」と音がします。息子が後をうかがうと、母親が途中途中で木の枝を折り、道に落としています。「生きることへの執着か、母は、村へ帰る目印を落としている。しかし、村の掟には逆らえぬ。母さん無駄なことだ。許してくれ」と思いながら、息子はさらに山の奥へと進みます。
いよいよ、母親を置く場所まで来て、「母さん、勘弁してくれよ、勘弁してくれよ」と泣く泣く別れようとします。すると母親は、「もうすぐ日が暮れる、村まで無事帰ってくれよ、お前が迷わないように、目印に木の枝を落としておいたから、気をつけて帰れよ」と、わが子に手を合わせました。
近角先生は、この話をして、「博士、この母親の姿こそ、仏さまの姿であります」と話されました。
自分の身を捨ててまでも子を案じる姿、いや、自分を殺そうとするものまでも見捨てず救わんとする姿、これが真実の慈悲の心を持った仏さまの姿と、近角先生は言われたのです。
アインシュタイン博士は、日本を去るとき、「この国には、仏教というとてもすばらしい教えがある」と、言われたそうです。
2006年09月16日【32】