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4月15日~仰いで感謝 迎えて躍進

今月中旬、ほぼ桜が散った鹿児島から、お仕事で京都の西本願寺に行きましたら、京都は桜が満開でした。会議に同席した北海道の方とお話をししましたら、北海道の開花はまだまだとおっしゃいました。日本は縦長の国ということをあらためて実感しました。

 さて、今月末の二十八日と二十九日に、「覚照寺本堂平成大修復落慶 覚照寺創立百三十年 第四世住職継職 慶讃法要」を行うことになっており、私も含め関係者は日々その準備に追われています。

  覚照寺は、岐阜県覚王寺出身の平島義山師が、明治十一年七月七日、本願寺第二十一代大谷光尊門主より鹿児島開教を命ぜられ、大隅の信者の強い要望により、明治十三年二月岩川に説教所を創設したことに始まります。

 現在の本堂は、昭和四年から六年にかけて建立され、以来、戦争や幾多の風雨、シロアリ被害や木材の老朽に堪えてまいりました。

 過去には、鹿児島県内で、覚照寺と同じ規模の大きなお寺が戦災で消失したり、老朽化で屋根が落ちたりしたこともあったと聞きますが、そのような中で、これまで大火に遭うこともなく、大隅岩川の聞法の道場としてその姿を保ってきたことは、百三十年という歴史の中で、歴代住職並びに坊守、そして先輩ご門徒方が仏さまのこそなればとご尽力いただいたお陰であります。

 そして、その先輩ご門徒方の尊い意志を受け継ぎ、ご門徒一人ひとりのお力添えによって、本堂の大修復を完遂出来ましたことを感謝し、お祝いをするのがこの度の法要の趣旨であります。

 さらに、この法要を機に、第三世住職から第四世新住職に法灯が受け渡され、新たな本堂の仏さまの前で、お寺としての新たなる出発誓うことも法要の大事な意義であります。

 法要のスローガンは、「仰いで感謝 迎えて躍進」。
 数十年に一度という記念すべき法要ですので、お誘い合わせの上、ご参拝いただきますようご案内申し上げます。

4月15日~仰いで感謝 迎えて躍進2007年04月16日【46】

4月1日~「慣れる」ことは大切だけど…

 例年になく遅い桜の開花です。

 さて、四月に入り、学校や会社でまた新たな年度がスタートします。新入生、新入社員には、早く新しい環境に慣れてほしいものです。

 そこで、その「慣れる」ということについて、私の思い出話をします。
 今から二十二年前、私は大阪の御堂筋にある本願寺津村別院に勤務しましたが、勤務して一年目、いわば小僧さん時代の話です。私を含め新人は、早くお寺の勤めに慣れようと一生懸命の毎日でした。

 その年の津村別院はなぜかお葬儀が多く、新人の私たちは、その準備や手配に追われていました。一つのお葬儀が終わるとまた次の葬儀が入る、という状態です。

 ある日、同僚の新人職員が事務室で、あまりのお葬儀の多さについ、「また、お葬儀か、しんどいな」ともらしました。重たい荷物を運んだり、全身でお経を唱えたり、大衆の前で緊張したり、傍目から見るよりも結構疲れるものです。私も内心、「ほんとだな」と思いました。

 しかし次の瞬間です。「おまえは何ということを言うか」と叱責の声がしました。その場に居合わした先輩の僧侶でした。そして、「葬儀を勤める側は何回あっても、葬儀を迎える側は一回切りぞ。そんなたるんだ気持ちで勤めたら
遺族にとって一回きりの葬儀はどうなるか」と、激しい口調で言われました。

 「勤める側は何回でも、遺族にとっては一回切り」。その時、私は大切なことを学ばせてもらいました。と同時に、早く慣れることは大切だが、慣れほど怖いものはない、とも思いました。

 「お葬儀はしんどいな」と言った同僚も、「ほんどだな」と思った私も、早く仕事に慣れようと必死でした。しかし、勤めて数ヶ月しかたたない私たちの心には、すでに「慣れの怖さ」が潜んでいました。

 先輩僧侶は、その怖さを鋭く指摘されたのでした。お互いに、心したいものです。

4月1日~「慣れる」ことは大切だけど…2007年03月31日【45】

3月15日~すべてを受け入れはしない姿勢

 春のお彼岸の季節、いよいよ寒さともお別れです。

 さて、今回もインドでのお話です。
 インドは人口が十一億人、面積が日本の約八倍ととても大きく、現在IT産業なども盛んで、めざましい経済発展を遂げつつあります。

 先般、私が訪問中、インド人のガイド・マダンさんに、「インドは今現在、すばらしい発展をしているが、様々な製品や情報が世界より入ってきて、生活が楽になっていいですね」と話しました。

 するとマダンさんは、「はい、でもインド人は、外国から入ってくるものすべてを、受け入れはしない」と応えました。

 「それどうしてですか」と私が再び聞くと、「生活を便利にするもの、簡単にするものは、インド人がこれまで何百年、何千年という歴史の中で培ってきた大切なものをきっと奪ってしまうからだ。便利なものは、人々から努力することや工夫することを奪う。簡単なものは、人々から考えることや感謝の心を奪う」と応えました。

 考えてみれば日本は、電子レンジや冷凍食品が普及して手作りをするお母さんがめっきり減り、手を合わせて食事をする家族を見かけなくなりました。テレビやゲームが普及して、子どもの学力の低下が叫ばれています。携帯電話やメールで瞬時に意思の疎通が図れる時代なのに、人々の争いは増えるばかり。生活が便利簡単になったはずなのに、離婚は年々増加し、家庭崩壊が危惧される時代です。

 マダンさんは、今、大きく変化しつつある大国インドにあって、このことを心配しているのです。

 私たちも、もう一度自分の生活を省みる必要がありそうです。お金で便利、簡単、スピードを買うことは悪いことではありませんが、失ってしまうものもありそうです。「もったいない、もう少し大切に使えばまだまだ使える」、「少し工夫すれば新しい物を求めなくても…」。

 マダンさんの言う、「安易にすべてを受け入れない姿勢」を大切にしたいものです。

3月15日~すべてを受け入れはしない姿勢2007年03月15日【44】

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